増田のおすすめマンガまとめ

増田マンガまとめ

東大祝辞の件で補足です

今はドメイン移管中で記事書いても読めない人が多いし、
これ以上このネタを本ブログで引っ張りたくないからこっちに書きますね。

モヤモヤしたのをそのまま垂れ流しにするので、言及させていただいた人も全然読む必要はないです。


http://b.hatena.ne.jp/entry/tyoshiki.hatenadiary.com/entry/2019/04/13/104954


「東大生ざまぁ」な人たちほんとに結構いたよね

「平成最後の東京大学入学式祝辞」に素晴らしいとコメントした人は「メタ知識」と「インセンティブデバイド」という言葉について考えてもらいたい - この夜が明けるまであと百万の祈り

あれ、東大生に”だけ”向けた言葉ではなく、普遍的な話だと思ったし、だからこそ賛同したんだけどな。もしかして、東大生ざまぁみろ的な見方が多数だったの?何だかなあ

2019/04/13 13:32


そうなんだよ……なんでかわからないんだけど「東大生ざまあ」な人がかなり多かった。

言葉遣いがざまぁでなくとも「東大生こういう話わからなかっただろうから、入学式でガツンとしたのは有意義」「東大生、こういう話教えてもらえてよかったな。こういう機会なかったら思い上がりをただす機会なかったもんな」ってニュアンスのコメントがむっちゃ多かった。

知らなかったのは自分たちだろうに、自分たちの感覚を東大生に投影してるだけだと思うけどなあ。このあたり、全然自覚なく「東大生ざまぁ」って言ってるよね。ほんとにアホかと思った。




幸いにトップブコメがdarkさんのように「え、自分は東大生ざまぁなんて思わなかったけど」っていう人でよかったけど、「東大ざまぁ」側の人がトップだったらたぶんすごくがっかりしてたと思う。ありがとうdarkさん

あと、こういう風に言う人がいてくれたものもよかった。

「”努力すれば報われる”と信じて生きていけるのは、それなりに良い環境に居るからである」とか「努力しても報われると思えない人が居る」って、普通に生きていて感じられるただの事実では? そして自分が割と良い環境に居ることを自覚した方が良い、っていうのも至極当たり前の話では……??


そう。 これ当たり前って思う人かなり多いよね。わたしもそう思ってた。
だから「大事」だとは思ったけど「感動した」とか言ってる人多くて「そこまでか?」って思ったよ。



ところがね、なぜかその当たり前のことを、「東大生だけが」わかってないと思ってる人がたくさんいたっぽいんだよね。この人たちは東大生をすごいエリートと思ってるのか、すごいバカだと思ってるのかどっちなんだよって言いたくなる。私からは「自分とは違うすごいエリート」として自分と切り離して下から目線を維持しつつ、なぜか東大生をものすごくバカにするという、支離滅裂な思考にしか見えないんだけどね。 

これは皮肉ではなく、なんで上みたいなコメントを真顔でできるのかいまいちピンとこないんだよね。どこまで考えて喋ってるのか説明してほしい。

その人たちの中では東大生ってのはなんか上流階級とか苦労知らずの貴族様みたいに見えてるってことなんかな。ほんとによくわからないから、むしろそういう風に考えちゃう人はそう思う根拠を教えてほしいなって思うくらい。「何も考えてなくて、雰囲気でしゃべってるだけ」ってだけにしては、この意見を言う人が多すぎて、なんらかのバイアスが生じてるんじゃないかなと思う。





まぁでも、元の上野千鶴子さんの記事への反応とか私の記事への反応はまだましな方なんだよね。
私も上野千鶴子さん自体については批判をあんまりしなかったからだと思うけど。


一方で、上野千鶴子の祝辞にネガティブな反応を示したところのはてブは本当にひどかった。


でもさ、上野千鶴子に対してネガティブなことを言ってる人も、批判してるの前半部分だよね。上で述べたように

「”努力すれば報われる”と信じて生きていけるのは、それなりに良い環境に居るからである」とか「努力しても報われると思えない人が居る」って、普通に生きていて感じられるただの事実では?そして自分が割と良い環境に居ることを自覚した方が良い、っていうのも至極当たり前の話では……??

という部分は当たり前だから<そこ>は当然として受け入れたうえで、その上で上野千鶴子の祝辞のまずかった点だけを指摘してる人たちばかりだった。



あくまで推測なんだけど、
<そこ>を当たり前だと思ってなかった人たちは、はじめて知ったのかどうか知らんけど、意識が<そこ>に集中しててたってことかな?だから上野千鶴子に対して批判的なことを言ってる=<そこ>を批判してる、って受け止めちゃったのかな?それとも、細かく文章が読めないから全部肯定するか全部否定するかの二択でしか考えらえないのかな?  どちらにしても、自分が素晴らしいと思ったことがちょっとでも批判されたらすぐ発狂するのほんとに怖いなって思う。


ちなみに、個人的にはこのコメントが好き。

「平成最後の東京大学入学式祝辞」に素晴らしいとコメントした人は「メタ知識」と「インセンティブデバイド」という言葉について考えてもらいたい - この夜が明けるまであと百万の祈り

良い解説。「努力不足」の声が未だ飛び交う中でデバイドを語ったのは社会全体にとって大きな意義。一方デバイドに気付き解決しやすい立場に就くのが彼らエリートなのも確かで、東大でやった意義もまた大きい。

2019/04/13 16:02


そうそうこれが大事だと思うの。

今って何かと世の中うまくいかないこと多いよね。

で、そういう時「努力不足=だれそれが悪い」とか「生産性を上げねば」って論調にすぐいくよね。でも、すぐ「だれそれがもっと頑張れ」って思考になるのが当たり前ってなってるならちょっと考え直そうぜ、って話だよね。


多分「東大生ざまぁ」って感じのコメントをしてる人は、上野さんの演説を「東大生の人たちは恵まれてるんだから俺たちのことをもっと考えて頑張らないといけないぞ」って受け止めてるんじゃないかな? これ左派の人のものすごく悪い癖だと思うんだけど。 「弱い人に分配をもっとよこせ」の発想しかない人結構いるよね。でも、私はそれ上野千鶴子さんの話の受け止め方として最悪だと思ってるわけ。たぶん正反対の理解なんだよねそれ

そういう「一番上野千鶴子さんの話を理解できてないどころか逆に言ってる人が、上野千鶴子さんの演説すばらしいって言ってる」現象が起きてる気がする。




上野さんの話は決して「頑張れる人が弱い人のためにもっと頑張れよ」っていう話じゃない(と思う)

ちょっと脱線するけどね。

私は個人的に日本は男女の差別というか「男女の性役割の固定化」がいまだに強い国だとは思うの。

で、フェミニズムの人とかはそれをひたすら差別だ、男の悪意の結果だっていうわけど。
私はそれは違うと思ってるの。


結果として差別になってることも、今の状況が女の人達にとって厳しいこともわかるけど
私はその根源は「頑張れる人が弱い人のためにもっと頑張れよ」っていう精神のせいだと思うの。


高度経済成長期のころの日本人の働き方って、夫婦のうち
「どちらかが自らのプライベートや健康を犠牲にするくらい休みなく働いて、もう片方が家庭を支える」っていう形でないと成り立たないいびつなレベルだったよね。
「頑張れる人が弱い人のためにもっと頑張れ」をいまよりずっときわどくやってた。


で、そうなったときに男側は「女性にこんなしんどい仕事をやらせるわけにはいかない」って気持ちだってあったと思うの。


もちろん、男側は女性を守りたいという気持ちだけではなく出世欲とか見栄とかもあったと思う。
それが女性の望みかというと必ずしもそうではなかったと思う。
一方的に女性を弱い存在だとか守るべき存在として扱うのは、
女性にとっての暗黒時代だった中世の騎士道精神の変形みたいなものであり、傲慢極まりないものだ。

そういうことを続けてきたから本当に日本の男性の性意識まで中世レベルになったんだって指摘は一理あると思う。
20年前のマンガである「いいひと。」の時点ですでに、
「私は女だけどそんなこと望んでない」「女だけどバリバリ仕事して自己実現したい」って怒る女性が描かれてる。

いいひと。(7) (ビッグコミックス)

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でも、本当に問題だったのは「頑張れる人が弱い人のためにもっと頑張れ」という精神だと思うんだよね。
この結果として、男女の性役割が極端に分離してしまった。

この歪みの責任は、男だけが負うべきものかというと、もちろん男の責任は重いけど、違うと思う。
じゃあ当時の女性はその時に男性に対して「そこまで頑張らなくてもいいよ」と言えたのかってなるじゃん。
DD論にして責任をうやむやにしようっていうんじゃないよ? うやむやにしても歪みなくならないから。
でも「二人で立ち向かうべき、背負うべき重荷がある」となった時に、自分だけ背負うのやめたらどうなるかくらいわかるよね?



「頑張れる人が弱い人のためにもっと頑張れ(そして私にもっと分配しろ)」の精神は余計に格差を産み出す

日本の男女の性意識にとって不幸だったのは、

なまじ経済成長がずっと続いたものだから
「頑張れる人が弱い人のためにもっと頑張れ(そして私にもっと分配しろ)」という精神が生み出した
いびつな関係が、ずっと続いてしまったこと。
その間、延々と男女の機会に格差が拡大していった。


普通はね、こんないびつなことは続かないの。
なんでかというと、うまくいかなくなるから。途中でギブアップしちゃうわけ。


当たり前だけど、「東大生頑張れる人がもっと頑張れ」って言ってると、格差は拡大する。
頑張れる人にばかり機会とリソースが集まっていくから頑張れる人はますます頑張って報酬も増えていく。
一方で、そうでない人にはろくに機会もリソースも来なくなる。得られるものも減ってくる。
そうするとだんだんと全体としての意欲は下がっていく。
意欲が下がってきたら、こんな「激務が当たり前」のいびつな関係はどんどんギブアップ者が出てくる。

で、脱落した男性は裕福~安定した生活が維持できなくなる。
こうなると女性だって従ったりはしないし、そもそもそんな男と結婚しなくなる。
そうやって、社会がその関係を維持することは困難になってくるわけ。


格差が広がるとよくないってのはそういうこと。



ところが、日本は「男女関係という観点だけで見れば不幸なことに」高度経済成長をかなり長いこと維持できてしまった。だから、性役割の格差がどんどん拡大していって、本来すぐにその関係が維持できなくなるはずなのに、それが維持できてしまった。格差が拡大する以上に豊かになっていくから、「強者と弱者」の関係とか「男女の関係」のいびつさが温存されてしまった。


「もっと頑張れる人」以外でもそれなりに機会もリソースも提供され続けてきた。
その結果、女性は不満はあれどそこそこ満足できる人の割合が高かったから、
なかなか社会全体としていびつな男女関係を崩したりということがなかった。
そうやってるうちに、いびつな関係、とても平等とは言えない、中世レベルの男女の性役割意識が固定化されてしまった。


という風に思うのです。


しかし、もう十分にそのいびつな性役割が固定化してしまった後で経済成長が止まってしまった。今更になって、格差のある関係性だけ温存した状態で、全体の機会やリソースが減ってきてるから今いろんな社会問題が起きてるわけね。なのにも拘わらず、いまだにこの「格差を拡大する考え方」のほうを疑えないってのはやばいよね。




「男女関係を今より改善したい」のであれば、その根源である「頑張れる人はもっと頑張れ」は絶対に否定すべきでしょ

長々と語ったけど、何が言いたいかというと。

社会レベルで「東大みたいなエリートがもっと頑張って俺たちに分配しろ」とか「男がもっと頑張って女のためになんとかしろ」とかいうロジックはそもそも格差を拡大するものであって、高度経済成長期でもないのにいまだにこの考え方にとらわれているのはダメだってことです。


特に性役割の固定化を何とかしたいなら、こういう考え方はさっさと捨てないと。


そうじゃないといつまでたっても「二人でいろんなものを分担する」とか
「強者のやってることを弱者側も引き受ける(そのかわりに機会を得る)」といったことができないよね。


東のエデンはなー。そのあたり部分的に描けてる感じがあったけど、まぁ「Noblesse Oblige」の方を頑張りすぎた感じだよね。

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まおゆうは後半の展開はそのあたり納得度結構高かったんだけど。そうはいってもかなり小乗的だった。まぁ実際これ以上は難しいんだけど。


これはそんな簡単に答えがでる話じゃないけれど、
さすがに今では何がまずかったのかとか、これだけはやったらいけないって部分はすごく明確だと思うんだよね。



上野千鶴子さんは、なんだかんだそのあたりよくわかってると思う。



みなさんが絶賛しているこの部分だけど、

がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。
あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。


よくわかってない人はこの部分だけほめる。自分にとっての「テイク」の部分だけ受け取っている。

・がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

・あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。


そして、この部分をスルーする。

そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。

この部分は「東大生だけがいろいろ背負う必要はない」ということだ。
東大生は東大生として自分の強みを生かして人を助ける。そして、そのことによって自分も助けられるし、自分の弱さも受け入れられるよと言っている。東大生にはもちろんそれなりのNoblesse Obligeを求めるが、一方でその弱さも受け入れられるべきだといっている。一方的に東大生がリードするべき関係ではなく、お互いに支え合う関係を意識しましょうってことだと思う。


この短い部分がなければ、私からは上野千鶴子の演説の評価はそこまで高くない。そのくらい、私はこの短い部分こそが重要だと思っている。ところが、「東大ざまぁ」の人にはこの部分はたぶん全く重要性が理解されていない。それどころか、この部分は知らんぷりって感じだ。東大生の親が愚痴った記事をよってたかってボコボコにした人たちは、100%この部分の意味を理解できてない。よくそれで上野千鶴子の演説を自分は理解できてる、みたいな思い上がりができるなと思う。ダニング・クルーガー効果でもググれって思うわ。


「東大生ざまあ」とか「男だけを悪者としてしばけ」的な思考をしている人たちに言いたいこと

あなた方は自分の意志がどうかはともかくとして、結果として自分が差別側を温存したり再生産する側に立ってるんだよね。
絶対に自覚がないと思うけど。
それどこか、自分は差別と闘ってるつもりなんだろうけれど。
「善意でさえあれば結果を問わない」なんて無邪気に信じて「勤勉な無能」ぶりを続けて悪びれない人にはやっぱり嫌悪感を持ちます。
って今までなにやって生きてきたのか本当に疑問。なにかについて責任を意識しながら仕事したことないの? 本当に謎。


というかまあ、昔から正義感の強いけどよく考えない人ほどカタストロフィーを引き起こしやすい存在はいないわけで。
「とりあえず自分が気に入らないものをしばけば世の中が良くなる」くらいの思考の人、本当に怖い。


しかも、なぜか正義を確信してるせいなのか、やたらと喧嘩腰だし強がりだし、自分の間違いとか認めないよね。
せめて、もう一度、上野千鶴子が言ったように「強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください」の部分をちゃんとかみしめてほしいですよ。