増田のおすすめマンガまとめ

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きれるわ○しをやめたい3

さてとようやくある程度切れない状態を作ることによって最後に自分がそもそもなぜ切れてしまったのかという切れるメカニズムについてしっかり掘り下げていくことが可能になります

 

 

今までだったら切れていたことでも 今ここにいるということを意識する 習慣ができてからその怒りを収めることまでできるようになってきました 例えば風邪を引いて寝込んでいる時に焦りからイライラが収まらないという状況があったわけですけれどもこれについても 私が今頑張ることは中止を先に決めることじゃなくて喉が治るように全力で休むことだ後2回飲んだから今日はそれを頑張ってみて明日今日より良くなってなかったら先方に連絡しよう当日の事を想像してあたふたするのはヨーグルトを踏むのと同じことだと こういう風に考えることができるようになり今までの荒波のような心が凪のように穏やかになりました このように今ここにある今ここにいるということを意識する効果は非常に大きいということがわかります

 

 

さらに 自分が切れてパニックになる状況というのがある程度理解できるようになってきました 切れてパニックになるときっていうのは未来に悪いことが起こるって勝手に決めつけているんですあなるに違いないこうなるに違いない私はこの先仕事で失敗しちゃうサイコな旅行になってしまうそういう風な未来は想像して辛すぎて耐えられなくてあーどうしよう何でこんなことになってしまったんだとパニックになりさらにそこから過去に目がいってしまうと お前のせいでふざけるなという過去に責任を探すわけですねそうして意識が未来と過去をいったりきたりして今にいないだから本当に今すべきことが分からなくて余計にパニックになって実際とんちんかんなことをしてしまうということです

 

思い返してみればなんかお母さんみたいお母さんはいつも私の悪い未来を想像してはとんちんかんなことばかりしてきた こういうのお花鑑賞と呼んでいたけれども過干渉っていうのは相手の未来と過去をいったりきたりしてこのままじゃ大変なことになると言って今すぐこれをやれと言ったりあの時こうしていなかったからといってキレ散らかすそういう行為なわけですねこの場に行って今じゃなくて未来とか過去の話でパニックをぶつけてる声のことなんです責任感が強いからそうなっちゃうんだろうかお母さんは我が子は大変になるという思いから過干渉になり 私は私で私自身に対して私の計画した旅行がとんでもないことになっちゃうとか仕事で人に迷惑をかけてしまうという気持ちからパニックになってしまうと いやそうではないだろうとどちらかというとただ何かに怯えているだけっていう感じがします

 

 

とにかく何かというのは誰かに自分のこと駄目って言われることに怯えているんじゃないかと 本当に責任をとるって事は自分自身に過干渉しないで冷静に今ここにいることなんだということがだんだん私にも分かってくるようになりましたそのことを自覚してしっかり休んだら当日ちゃんと声が出せるようになりました

 

 

では15割になりますけど自分で自分を無視して粗末に扱っていたんだという話です 私は相変わらず夫と喧嘩はするしかーっとなることもあるけれどもあくまで今までのように 枠をはみ出すことなく怒りの量が一定のその場に収まる感じがしますと今までみたいに過去と未来をいったりきたりして鳥収まりがつかないということはなくなってきました そして自分の切れるという声に伴う無駄がなくなりました喉が枯れたりいろんなものを壊したり自己嫌悪に陥ってしばらく動けなくなったり家族からドン引きされるそういった負の効果がだいぶ治ってきたんですこれは非常に快適になりましたいろんなことを試したけれども着れる曲って治るんだと いうことが分かって自分は希望が持てるようになってきたんですね

 

 

 

さてゲシュタルトセラピーではこのような話がありましたセラピーの基本なのですが人には状況と心というものがあるんですね普段人は状況同士で話をしているんです例えば B さんには嫌な上司がいてそれで悩んでいるとします A さんに対してもう会社辞めようかと思っているんだというような相談をしたとしますこの相談に対してさんは辞めない方がいいよこんな就職難の時に大変だよと答えたりしたとしてますねあるいは辞めちゃいなよいい本があるよというような感じて答えるかもしれませんこれらは全部 B 3の状況への返答なんです B さんは嫌な上司に悩んでいると言っているけれどもしかしたら B さんは自分でも気づかずに別のことで悩んでいる場合があります例えば上司の期待に応えられない自分が嫌になっているかもしれないし全く別の人への怒りを上司にいかされているのかもしれませんそれは B 3の状況ではなく心に注目してあげるとわかることがあるんですねこの心に注目することがセラピー何です

 

 

心に注目する方法というのはゲシュタルトセラピーだと体の状態や今の気持ちを聞くことですそしてその人自身が今を味わうことですセラピーの時に怒りを思い出し体で感じてみてください体は今どうなっていますかという風に聞いたりしましたしその後その人自身がこの辺がカッカする感じだとかそういう風に答えてもらったのはその人自身が体の状態今の気持ちをしっかりと考えて認識するというところを重視しているからですそして嫌な上司で悩んでいる B さんが実際になりに起こっているのかとか原因が分かっても分からなくてもそれはどっちでもいいんです 人間は誰かに心の部分に注目してもらったり自分で心の部分に注目するそれだけで癒されるそこが大事なんですね心の部分に注目するのがセラピーの特徴なんです

 

 

 

あーそうか私はずっとボロボロに傷ついている自分を自分で無視していたんだと 周りからも状況にしか返答してもらったことがなかったなと今更ながら思います例えば何か悩み事を訴えたとしても彼氏がいるだけいいじゃんとかお母さんも大変だったんじゃないのとか暇だから悩むんじゃないのとかそんな悩み贅沢だよという風に言われるわけです

 

 

こうやって心を無視され続けるというのが続くと自分でも心のありかがわからなくなってそれを制御できなくなっちゃうわけですねその状況で夫から状況へアクセスされると例えばただ単に片付けてよと言われるだけでも心がそれに耐えられないパニック起こして切れちゃったりしていたわけですところがゲシュタルトセラピーで心にアクセスしてもらって夫へのきりというのはお母さんへの怒りだったのかもとぼんやり気づきました 自分の心が注目してもらえてやっと話を聞いてくれた待っていたよという風な形で癒されたということなんです 自分の心に注目してもらえるただそれだけのことでこんなに満たされるんだ

 

 

普段日常生活での会話ややり取りを見ていると本当に自分の心にではなくて状況にしかアクセスしてもらえないんだなということがよくわかりますそのぶん自分で自分の心に注目できていればいつでも自分で満たすことができるその安心感が大事なんですね

 

試しに子供に対してやってみよう

 

子供がぶどうを食べたいと言った時にどのように受け答えするかです この時に今までだったらぶどう今日は買ってないよオレンジならあるよこれでいいでしょという風に答えたりしていただけです そうすると子供としてはイヤだぶどうがいいの食べたいぎゃーというふうに騒いだりするわけですね

 

これについて心にアクセスするというのはどういうことかと言うとブドウがあるかないかという状況をさは一旦置いておいてまずぶどうが食べたいんだねだってぶどう大好きだもんねそっかすごく食べたいんだねなくて残念だねという風なことを言ってあげるとそういう返答してあげるというところが重要なんです 

 

そうすると別2部動画 なくても子供は泣き止むんですね その後でぶどうがないからオレンジでいいという風に言えば子供は普通に治るんですよ

 

普段あの人との話を聞くときに とにかく人の話を聞いてほしいとか 共感してほしいというような話なんですけどもあれは肯定しろって言ってるんじゃなくて 状況の話はしてないんだと自分の気持ち心にアクセスして欲しいということかもしれませんで特に子供の心に注目することは自分の心に注目できていないととても難しい気がします

 

 

そう考えると私は小さい頃から状況にばかり注目されていたのかもしれませんよと 例えば12ページのこのシーンではまず先生から状況にアクセスされて先生はどうして毎日嫌な事を言ってくるの今日は鳥居がないって言われたと いう風に母親に相談しても母親からは先生に逆らっちゃだめだと内申書にひびくからというの話をされているんですけども 子供の気持ちとしてはそうじゃなくてこういった相談をしているのは心がもやもやしてるしんどいっていうところなんですね でそれに対してまた子供がそうじゃなくてどうしてあんな事言ってくるのと いう話をするんですけどもこれに対して母親は知らないわよあんたが悪いんでしょという風に返してしまうわけですね徹底的に状況にアクセスされる この時の衝撃としてはあんたが悪いという風なことしか言われていないわけですねそうすると心が8なってびっくりしてしまう 結局自分の心を 見てくれなかったというところが心に沈殿していくわけです自分の心を感じる前に頭で納得した気持ちになるから心はそのまま放置される そういうことが続いていくと親にも先生にも彼氏にも駄目って言われてる状況だから私が悪いんだっていうふうに思い込んでしまうんだけれども心はやはり納得してないと 言うことで何かこう限界が来た時によくわかんないことでめちゃくちゃ切れてしまうそういった状況が起きてしまうんですね

 

 

こういったことを考えると切りやすい人には共通点があるんじゃないかと思うようになってきましたその1伝えたいことが相手に伝わったという実感を得たことがあまりないということです その2に心では自分のことを地球で一番どうしようもない人間だと思っているちょっとの失敗でもちょっとの否定でも地球上から追い出されるくらいの時代と受け止めてパニックになってしまったりします その3相手の意見は相手のもので自分にも正しい部分があるという風なことがわからない 大声で主張しているから意見正しいと思ってるように相手から見るかもしれないけれどもそもそも正しいと思いでいたらそんなことする必要ないんですそうやってパニックになって騒いでいるということは自分が正しいと思てないってことなんです弱い犬ほどよく吠えるって言うのはそういうことですよね その4意識のピントが状況に合っているから心に気づかない これは例えば私って駄目なのに恵まれているもっと人に感謝しなきゃと頭では思い込むんですね例えばあの学校に通わせてもらってるとか親に育ててもらってるそういった状況があるから自分が辛いと思ってはいけないもっと人に感謝しなければいけないと頭で思ってしまうんです漠然とした自分って損してる間に常に苛まれているにもかかわらず なんとなくその自分の心は無視して我慢しなきゃっていうふうに思い込んじゃうわけですねそれは状況の方に意識のピントが合ってるからです 本当は心の中では全然納得できないつらいとか本当に自分はそんなにダメな人間なのかと駄目って思わないとだめなのかっていう風に感じてるんだけどもそれは頭が拒否してしまうというような状況ですね その後今まであげたその日からその4が合わさっても気になる キレるという状況が劇的に発生しやすくなってしまうんです 軽く状況にアクセスされただけでもあこの人は今私の心を無視した また私を傷つけようとしているという風にも体の方は条件反射的に切れるところまでの防衛反応として暴れるというところまで来てしまったというところです でこれまた困ったことにもう一つその録画で切れるために体はどこか落ち着くという作用があるんですね 自分が切れて暴れるそのことによってやっぱり自分はダメな奴っていうふうに思うんですけれどもそうやって自分が駄目って言われ続けてる自分が駄目だから我慢しなきゃいけないって頭で思ってる状況を持っているのと自分がダメだって思い込まされるというところが合致してしまってむしろ治りが良く感じてしまうんですねパズルがハマるのと同じ気持ち良さを感じてしまうとそんな状況を見たいです

 

 

 

この間テレビで最新バーチャル体験をしている人見ましたジェットコースターに乗ってるかのようなリアルな映像と音をその VR をやってる人だけは感じてるわけですその状況で ゴーグルをつけてない周りの人に豚と背中押されるとそれだけで本人はパニックになって大騒ぎしてしまうそれを周りの人が大騒ぎしているそんな状況ですね そのぐらい滑稽なことなのに本人だけはそれがわからないっていう感じなんです

 

 

私は夫と違うところにピントが合っていたから私はダメであるという前提が染み込んだ状況でした一方的に夫は単に部屋が片付いていないよという現実をつけているだけなんですねところがそれが私の前提に関することになってしまうとですね 急に自分だけバーチャルがの VR ゴーグルをかぶったような形になって世界が私をダメと否定している そんな世界が目に写ってしまうわけです同じ場所にいるのに意識が別のところで別のことに反応しているという感じだったわけですねだから着れないようになるには自分の心の部分にピントを合わせる必要があるということです 自分で自分の心の状態をちゃんと見てあげると別に他人に見てもらう前に自分でなんとか自分で自分の心を見ることはできるんですねそうするだけでもう少し安定度が増してくるんです

 

 

これすごく大事なことなんですけども状況には前提がびっちり張り付いてます ここは急には変えられません経歴などのスペックも状況だし私は駄目だという前提が染み付いて そこのところは簡単に変えることはできないんですだから入ってくる情報がいつも同じです私の場合はひたすら状況の方を見ると私はダメなんだ私がダメなんだ私がダメなんだ私はダメなんだとそればかり言われていることになりますだから状況に意識を向けた瞬間にも着れるしかないという所になってるんですねだけど心の方はそういうわけじゃないんです常にその都度動きがあって嬉しいとか辛いとかこれが好きとかなんでとか変化してるわけですそれは心は常に今を生きてるからです 状況はなかなか変えられなくても心はその都度意識すれば変えられるというところですねずっと変わらない所から常に新しいことが更新されるところにピント合わせるのはなかなか難しいことですでも自分でピント合わせることはできるんです

 

 

具体的にはどうするかということなんですけどもまず一つ目ですねしっかり休む二つ目今ここにいるようにする三つ目が自分を褒めるということですこの三つを意識していると心にピントがだんだん合ってくるようになります キレやすい人っていうのはずっと他人からダメな人扱いされていたり自分はされてなくても自分で思っちゃってる周りの人がみんなすごすぎて自分はダメなんだって思い込まされてる ここが厄介なんですけど周りの人から見たらですね普段からちょっとしたことでキレ散らかす人っていうのはどういう人に見えるかって言うとひたすら自分に甘い人に見えるわけですねね自分自身でもそう思ってるんですだらしない奴だ自分はダメだって思ってるんだけど実際は ずっと自分を責め続けてるわけですね私ってほんとダメだほらダメだという形でそして切れることによってそのダメな私に現実を近づけちゃうわけですね なので24時間べったり自分に厳しい人と一緒にいるようなものですほらまただとかなんでいつもそんなことになるのと自分で自分をずっと責め続けてる状態です今よくうつ病状態の人がそういう状態だって言われますけどまさにそういう形ですね抑うつとはちょっと違うんだけれども常に自分を再何でそういった状態が続いているわけだからこれに対しては休むという手段が有効になります自分で思っているにも心身ともにすごく疲れているんだから休みましょうととにかく無理をしないちょっと疲れたかなと思ったら自分の力体をいたわるというところが大事です 不眠症などの状況があるなら歯医者に行って薬をもらうことも大事です 根室のもそうだし行きたくないなって思うところに行かないとか一人になって落ち着くとかも休むってことになります とにかく自分を苦しめている状況っていうのから一旦距離を取ったりとかですねそういった工夫をする必要があるかなと思います

 

生活をする上でそうやって自分を休ませるのは難しいことであるとは思うんですけれどもとにかくまず心の井戸のどん底にいる自分を回復させなきゃいけないと 次にですね休んだ後に必要なのが心に栄養を与えることです 自分を褒めることができればそれは一番の栄養なんですけれども キレやすい人ってのは先ほどからずっと言ってるように自己肯定感が死ぬほど低いですと いうことなので褒めるとこなんかなさすぎるとしか思えないんですね でも原理としては自分で自分を否定し続ける自分を汚しまくる事が切れる原因になってるわけですからとにかく最低でもですね自分の心をですねしっかりとアクセスする必要がある その上でですねあの例えばやるべきことを手帳に書いてそれができたらちゃんと丸を書き込むと それをですね何が偉いんだ当たり前のことだと思わないで無理だってひたすらそれを書き込んだとそうで丸を付けると言ったそういう単純なことでいいんです やらなきゃいけないことが半分しか終わらないと駄目だなんでいつもできないのとつい思ってしまうところいや違う半分も終わらせられたんだいいぞと無理やり思うようにする

 

 

それでもどうしても自分はやっぱダメだとしか思えない褒めるところはないという所になってきたら今ここにいると先ほどからずっと言い続けているこの方法を試しましょうというところです 本当に今目の前に見えるものをただ単に無心に心の中で口にするというだけでもですね今ここにいると状況とか世間体が削ぎ落とされますそして自分の素材そのものが見えてくるこれができるので少なくてもですね自分を無理やり攻める駄目だということはなくなってきます このやすも褒める今ここにいるっていうのは習慣化していくことを続けました

 

 

えっとですねで この三つを続けていると次第にあれ私って休んでも自分を褒めても死んでないちゃんと生きてるじゃんっていう風に思えるようになってきたんですね今までは休んだり自分を褒めたりしたら人に嫌われたらバチが当たって死ぬんじゃないかと思ってたんです とにかく自分を褒めたらダメだと余計にひどいことになるぞと言うな恐怖感があったんですけどもそういったことが怖くなくなってきたんですねだんだん自分を褒めることが慣れてきた 自分が休んでても罪悪感を感じなくなってきたそして自分の心を見てもそんなに好意死んだりしないということが分かってきた この状況を土台にしてですね旦那私ってそんなにダメでもないなともしかしたら片付けだってやろうと思えば出来るんじゃないかと冷静に考えられるようになってきたんですね

 

 

さて8今まではおっとっと君たかちゃんには部屋がずっと汚いと言われてたんですけれども しかし夫くんは今までずっと部屋が汚いと そのことで自分をいつも責めていたとき向こうからしたら他に部屋が汚いと言ってただけかもしれないんですけどとにかく部屋が汚いということをすごく気にしていたにもかかわらず部屋が綺麗になった時にお得は何も言わなかったんですね

 

確かにこの部屋は片付いているけれども基本的に綺麗な基準が俺とは違うなと 言うことを言い出したんですね

 

 

さてこれについて今までだったら今までの私だったら絶対に切れていたと思いますでも今の私は自分の心に注目することができています なのでちゃんと怒ることができました怒るべきところに見合った怒りが体に湧いていると キリルじゃなくて怒ることができているということをまず感じました そこで私は怒っている自分をしっかり認識できた上で一回抽選することにします前の私だったら大声で喚き散らして殴りかかっているところです 切れなくなったし片付けているし私はこんなに変わったのに全く評価しないなんてどういうことなんだという風に思ったんですが

 

 

自分が切れなくなって冷静に考えられるようになったら夫の事がちょっと見えてくるようになりました 創価夫は相手の悪いとこばかり見えちゃう人なんだ だいたい私今までずっと夫のことを片付けが重い人だと思っていたけれどもよくよく考えるとリビングに置いてある私のもの私の部屋にただ移動したり自分の綺麗にしたい所だけを綺麗に見えるようにしてるだけだったとそれは心理片付けが上手い人とは言えないじゃんということに気付いたんですね 今までの私だったらずっと自分の心の井戸の底に沈んでそこから夫を神様のように見上げているだけでした夫はものすごくえらい人なんだ私は本当にダメだ片付けも楽にできない最悪な人だと思ってたんですが実際に外に出て現実が見られるようになったら夫って意外と普通の人だったんですね となると夫はすごいっていうだけじゃなくてなんだできてないじゃんむかつくじゃんっていうような形でちょっと怒ったりもする一方で夫同じ人として見れて嬉しいと やっと夫と家族になることができたんだと 有用な気持ちもあったんですねちょっと複雑なところですね

 

 

 

初めて対等な状況で夫と話をすることになります 夫に自分の問いを投げかけてどんな答えでも受け止めようと思ってます そしてどんな展開になってもそれを受け入れようと覚悟を決めます 今まではこうやって相手の答えを待つ時間 それを我慢することができなかったどっちかが悪いってことにしないと落ち着かないから自分が先に上がれることで自分が悪いんだという状況にしてたんです きっと夫もそういう関係がちょうど良かったんでしょう それでうまくいってたからそれでも別に良かったんだと思うと要するに夫はこいつ切れやすくて困った奴だなぁと 俺はちゃんとしてるのにと 俺偉いなっていうふうに思うことができてたわけですねで自分が直すところは特にないなという風に思ってたんです

 

でも房子さんはいい加減キレる自分をやめたいと思って頑張ってそこからやめて井戸の底から出てきたんですね そうするとあれなんか今までと違うっていう形でその歪みがやっと表面化してきたわけですね 今までのキレ散らかしてる私の方がまずいはずなのにいざそのキレる私が治ったら逆に関係がギクシャクしてきたと でもそれで関係が駄目になっちゃったらそれはそれで仕方ないよねと そうやって話を覚悟して話をしてみると夫は夫でやっぱり自分もちょっと悪いとこあるよなというようなことが話し合えることができるようになってきたんですね私が変わっちゃったなら夫だって変わらなければいけなくなります変わったらずっと変わり続けなくちゃなりませんそれは結構大変で面倒くさいけれどもそれでもやっぱりあの起立だこれよりはずっといいしあの頃に戻りたくはないよと いう気持ちに今はなっています