増田のおすすめマンガまとめ

増田マンガまとめ

きれるわ○しをやめたい4

ここから湧き出るを辞めたいあなたへということでゲシュタルトセラピーの先生である岡田さんにお話を聞いてみました

 

 

早速ですけれども硬さの人が切れる時ってどういう状態なんでしょうかはい切れるというのは多分二つありまして一つは本能的に身の危険を感じて自分を守るためにある意味正当に切れるというのがあるんですねそれからもう一つは自分の過去の体験に照らし合わせて切れるというものですこの漫画に書いてあるのは主に後者ですね 何が何だかわからなくて切れてた時はこの二つがぐちゃぐちゃになっていましたお前が悪いと相手に対して怒っているのに同時進行で頭の中では自分の方がもっと悪いと責めている感じなんです わかります自分の中から勝手に湧いてくる怒りはわがままなものだとか良くないものだというふうに教わっていることが多いですからねだから湧いてくるもの頭で押さえちゃうわけですゲシュタルトセラピーの理論の中にはトップとアンダードッグという言葉があるんですトップドッグとは何ですか例えば子供が自分が身を置いている環境に適応しようとし始めた時にどうしたら親が喜んでくれるのかとか知らない叱られないで済むにはどうしたらいいのかという風に自分なりに工夫しますよねその中で本当はやりたいけどやっちゃダメみたいに自分に指示を出すようにある心の部分がだんだんと育っていくわけです本当はやりたいけど行っちゃダメとかほんとやりたくないけどやらなきゃいけないとかそういうことですそういう何々すべきというつぶやきがいっぱい詰まってる心の部分をトップドッグと言いますトップドッグに対して自分自動的に同じ強さででもという気持ちが湧いてきますこれがアンダードッグですでもとかやだなーとか逃げたいとか反抗するとかそういった気持ちが詰まっているここの部分アンダードッグというわけです トップドッグが生まれれば僕は自動的に同じ強さで生まれるんですねトップドッグはある意味正しいことを言っているのでアンダードッグの声をし潰そうとしますところがトップドッグは工夫した結果決めたことであったりとか親からこうしなさいと言われたことでつまり自分の中からもともと湧いてきている声ではないんですねだから力の強さエネルギーの量で言ったらアンダードッグの方がむしろ大きいぐらいなんです

 

 

 

つまりトップドッグがずっとアンダードッグを押さえつけることは原理上できないわけですね 押さえつけ続けるとどこかでその反発でうわっとアンダードッグの顔が暴れちゃうことになるわけですだから私も抑えきれず爆発してたんだ子供の頃の役に立ったかもしれないけれども夫になったらもうそれあってもなくてもいいよねみたいなものがトップドッグの中身という場合もあるわけですね例えばいつでもニコニコしているとお母さんが喜んでくれるとか大人になってもそのくせが残っていると自分がどんな気持ちであってもニコニコしてた方がいいんだと思うようになって自分の本当の気持ちが湧いてきてもそれを止めてしまうとこういうことは体に良くないわけです 無意識にやってしまうことだからまずはそういった自分に気づくことが必要になるわけですねそうですどうやったら気づけるかと言うとそれは体に効くということだと思うんです頭の中でこうしたいとかこれはしたくないとか思った時に体の中に緊張感違和感があるとかねそういった変な感じがした場合はひょっとしたらそれが体は大きい子いないのかもしれません体に聞くのが一番堪えに近いってことですね母となって起こった直後息が上がってくる時とかに体に意識を持っていくとわかりやすいのかな 母となっているときはそう言った言わないと思うので後でそれを思い出して体の中にどんな感覚を感じるかなということでもいいと思いますもしその時にこうしなくちゃいけないあれやっちゃいけないというセリフで自分に何か指示を出していたとしたならばこれはトップドッグの声だと思っていればいいと思いますそうするとそれに対してもでもねと言っている声が必ず出てきてるはずなんですよねそれに伴って身体の中で変な違和感を感じることがあると思います 確かに切れる時って同時に切れちゃいけないというトップ毒があるからそこからでもてつなげるといいんですかねそうかもしれないですねしかしそこででも切れていいじゃんという所に直結すると何の解決にもなりません夫が悪いんだから切れてもいいみたいなそうそうそうでもとなった時に相手のどんなところがスイッチになって自分が切れたのかはちょっと探してみる漫画の中だと自分にダメ出しされているように帰ってた頃って書いてありましたよねそこがスイッチなわけです はいここから私のスイッチなんだと思いました ではそのスイッチが見つかったらこれってよくあることかどうかっていうことを自分に聞いてみるんですひょっとしてその人じゃなくてもそれがあるのと聞いてみる誰との関係でもそうされるとむかっとくるとかが共通しているのですそこをずっとたどっていってここが最初だと見つかると誰のことを通しているかが見えてきます つまりから待ってる人の最初を見つけてそこからゆっくり解いていくそんな感じですね

 

今ここにいるをお手軽にやるにはどうしたらいいでしょうか今ここにいるって最初は難しかったけれどもエクササイズ練習方法を習ってから慣れてくるようになりました今ここにいるって事ができるようになったら今度は自分の体の中で何を感じているかっていう方向へシフトしていきます例えばこの場に行って今自分が居心地がいいのか悪いのかとかなんか横乳が悪いぞと感じたらぐるぐると見回してみて何が自分を横乳悪くさせているのかに気づいてみましょう自分の部屋でやるっていうのがいいかもしれませんいつもは気にならないけどそういえばこれあまり好きじゃない人からもらったものだとか糸口が出てくることもありますね部屋だけじゃなくて例えば電車の中でなんかやな感じがするなと思って周りを見回してみたらうちの親父に似ている人がいるとかそういうこともあるわけですなるほどどこでもできるんですねできますよ今ここにいるって事が大切なことと言いながら今ここで感じていることがどこにつながっているんだろうと過去も見ているそこに矛盾があるように見えるかもしれませんけれども父親に似た人が電車の中に乗っているのが見えて嫌な気持ちになっているとしたら今ここでも自分の心の中に父親が住んでいるということ なんですからそれを補充してないですとかこの父親と今ここに一緒にいるって事ですねそういう過去にインプットしたものだけれども未だに自分の中で騒いでいる何かっていうのがたくさんあると思うんですそういうものが自分の目の前をフィルターを作ってしまいますなので目の前で起きていることによって過去から引きずってる感情が勝手に動き出してしまいますそれが切れるという形になって出ているのがかもしれませんと いうことで私の中のバーチャルの眼鏡にはきっとお母さんとか元彼とか学校の先生とかが写っていたんだと思います

 

 

 

 

では最後にゲシュタルトの祈りというものを振り返りますこれはフレデリックエスポワールさんという方が書いた言葉ですね

 

私は私のことをする

あなたはあなたのことをする

私はあなたの期待に沿うためにこの世にいるのではない

あなたは私の期待に沿うためにこのにいるのではない

あなたはあなたであり私は私

それでもしお互いが出会うならば素晴らしい

もしで会えないなら仕方ない